ガラスの棺 第20話


「うんうん、今日も美人ねルルちゃんは」

カメラを回しながら、ミレイは楽しそうに言った。
新生アヴァロンに避難して今日で3日。
日本海側まで移動し、世界各国の動向を伺っている現状で暇を持て余したミレイは事あるごとにルルーシュにカメラを向けていた。気持ちは解るが、間違っても外部にルルーシュの情報を漏らさないようにと、何度目になるか解らない注意をする。

「解ってるわよ、このミレイさんを信用しなさい」

自信満々にいうので、解りましたと答えるしかない。

「・・・ところで会長、その手にあるのは何ですか?」

聞くべきか聞かないべきか。
暫く迷った後、スザクが恐る恐る尋ねると「これ?ふふふふっ!」と、ミレイはそれはそれは楽しそうに笑った。
あれから5年。
少しは落ち着いたかと思ったのだが、学生時代と変わらないミレイがそこにいた。その後ろには、「諦めろスザク」と、項垂れているリヴァル。この二人は本当に変わらないなと思わず思考が逃避しかけた。

「・・・って、駄目ですよ!棺の蓋は開けませんからね!」
「え~いいじゃない。ちょっとだけよ、ちょっとだけ」
「駄目です。大体、これを開けるのはロイドさん達でもまだ様子見中なんですよ。、中の空調や成分がどのような状態かも解らないから、下手に開けてしまうとルルーシュの腐敗が始まる可能性があるから駄目です!」

有害物質で満たされている可能性もある。
この奇跡といっていい保存状態の原因が解らない以上、蓋を開ける訳にはいかない。科学者連中がそれこそ血眼になって解析を進めているが、開けられないし弄れないため苦戦している。

「らしい、でしょ?確定じゃないもの」
「駄目です駄目!絶対に駄目ですからね!」

エー!ケチっ!
そう言う女性の手から、スザクはそれを奪い取った。

「いいじゃないの!スザク君も好きでしょ、これ」

ぶーぶー文句をいう彼女には悪いが。
・・・好きですよ。
ええ、好きですとも。
好きだけど、駄目です。
そう思いながら手にあるものを見る。
それは、黒い猫耳が付いたカチューシャだった。
黒の皇族服を纏ったルルーシュに、黒猫耳・・・。
学生時代の猫祭りと、あの頃のルルーシュ達の姿が思い起こされる。
あの頃はまだシャーリーもいて、みんな楽しそうに笑ったものだ。

「飾りが少ないのよ飾りが。確かにこれでも十分すぎるほどウチのルルちゃんは綺麗なんだけど、遊び心が足りないのよ!」
「いりませんから、遊び心」

けち!と、ミレイはぶーぶー文句を言いながら、荷物をがさごそとあさり始めた。

「じゃあ、ルルちゃんは諦めて、は~いスザク君」

にっこり笑顔で渡されたのは・・・茶色い犬耳が付いたカチューシャ。
何ですかこれは。
そう尋ねようと視線を向けると、既にミレイは自分の髪色にあった犬耳をつけていた。リヴァルもだ。

「どうせ暇なんだし、気分転換も兼ねて、今日は犬の日よ!」
「犬の日、ですか?」
「そ、私たちは皇帝ルルーシュ様の忠犬だもの」

さーて、皆さんに配ってこなきゃ!と、ミレイは楽しげに荷物を抱えて出ていった。

「・・・いいのかスザク、止めなくて」
「・・・僕が止めるのかな、やっぱり」

恐らくシュナイゼルにも着ける気満々なのだろう。
それっぽい色の犬耳を見てうんざりとした声で言った。
スザクの髪色の、少しくるんとした癖のある毛並みの耳。
・・・いつ用意したんだこんなもの。

「だって、ルルーシュの猫耳は止めただろ?でも犬耳は止めなかった。つまりこれはゼロの許可が下りたようなもの・・・だよな?」
「は!?」
「我らがミレイ様は、そういう解釈で動いておられます」

リヴァルの達観したような言葉に、え?なにそれ!?冗談じゃない!!とスザクは慌てて後を追いかけた。



走って走って、走り続けて何日経過したか。
今日が何日かさえ解らない。
精も根も尽き果てていたC.C.は、追い詰められていた。
何処の映画だ?と思うようなシチュエーションだ。
自分がいるのは橋の上。
眼下には豊富な水が流れる大きな川。
それなりに距離はあるが、前後にはもう見慣れてしまった追手たち。
こちらの移動手段は自転車、相手は車とバイク。
さてさて、どうしたものか。
肩で息をしながらも、まだまだ余裕があるように見える笑みを浮かべ、ペットボトルの水を煽ると、相手は警戒し歩みを止めた。
困ったものだ。
立っているのがやっとの足では、こいつらから逃げるのは無理だろう。
コードを使い切り抜ける事は簡単だが、車にいる連中までは届かない。
連続で使えるようなものではないし、飛び道具を使われたら終わりだ。
じりじりと距離を詰めてくる男たちを横目に、ペットボトルの蓋をきっちり締めるとリュックにそれを詰め込んだ。
ならば。
C.C.は覚悟を決めて荷物を背負うと同時に、躊躇うことなく高い橋の上から川の中へと飛び込んだ。連中が慌てて駆け寄る音が聞こえたがもう遅い。激しい水しぶきを立てて落ちた川は予想よりも水深があり、流れが速かった。
暴力的といっていいほどの激流に流され、どちらが上でどちらが下かも解らなくなりながらも、C.C.は必死にもがいた。水面にようやく顔を出し、流れ込んだ川の水に咳き込みながらも、辺りをどうにか見回すと橋はもう遥か彼方だった。連中の姿が豆粒大に見え、ざまあみろと口元を歪めた。
危険ではあるがこのまま激流に身をまかせながら川を下って行く。
これは賭けだ。
この川の流れでどうにか撒いて、どこかの岸に上がる。
ああ、服のまま飛び込んだから体が重くて泳ぐ事さえできない。
溺れているのか泳いでいるのか解らないくなる。
まだあの連中以外に川にいる事はばれていない。
溺れた人間がいると通報はされていないはずだ。
このまま逃げ切らなくては。
激しい流れに翻弄されながら、C.C.はもがき続けた。
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